巡洋艦 球磨 旧日本海軍
 球磨型二等巡洋艦1番艦
掲載:2010年03月03日
修正:2015年03月06日
 軽巡 球磨(くま)1941 <タミヤ製>
  左舷前方からの眺望
(画像はクリックすると大きくなります。)
  左舷前方からの眺望
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<使用キット>
  • ウォーターラインシリーズ 316
    日本軽巡洋艦「球磨」
    1/700 タミヤ 1973年発売
 

<実艦について>
球磨型軽巡は、元々1917年の八四艦隊計画で3,500t型小巡(天龍型巡洋艦)6隻、7,200t型軽巡 3隻の建造を計画したことから話しが始まります。当時の旧日本海軍では、大小2種類の軽巡を運用しようと考えていたようですが、欧米が天龍型をはるかに上回る性能の軽巡を建造していたため、天龍型の建造計画を取りやめ、新たに5,500t型軽巡9隻の計画を八六艦隊計画で成立させたのでした。先の7,200t型軽巡は米国が建造中のオマハ級軽巡と戦える性能を持つものとして計画されたようですが、このクラスを9隻建造するには予算が無かったため、5,500t型に変更されたと言われています。この9隻のうち5隻が球磨型軽巡となり、残り4隻のうちの3隻が準同型艦の長良型軽巡となりました。
球磨型軽巡は前作である天龍型の拡大改良型で、河合定二造船小監が設計されたものです。元々は英国のC級やD級軽巡を手本としたもので、船体は直線的で各部の構造や艤装はシンプルであり、各所に駆逐艦式の考え方が盛り込まれている英国式軽巡です。
  • 1918年8月29に佐世保工廠で起工し、翌1919年8月31日に竣工しました。
  • 1919年9月2日、ロシア領沿岸方面で行動します。
  • 1919年12月1日、第2艦隊第4戦隊に編入され、旅順方面で行動します。
  • 1920年12月1日、第1艦隊第3戦隊に編入され青島方面など中国大陸沿岸で活躍。以降、開戦までに第2遺外艦隊や第2艦隊第2潜水戦隊、第3艦隊第10戦隊、第4艦隊第3潜水戦隊、第4航空戦隊、第12、13戦隊に編入され、旅順や馬公、中支方面で活躍します。
  • 1941年4月10日、第3艦隊第16戦隊に編入され、南支方面で行動。12月7日比島攻略戦支援。
  • 1942年1月5日、第3南遺艦隊に編入され、10日にはマニラ湾哨戒、31日には船団護衛、2月26日にはガラレ攻略作戦支援、3月1日にはセブ島湾砲撃、2日にはザンボアンガ攻略作戦支援、4月4日にはコレヒドール攻略作戦支援します。
  • 1942年9月20日、第2南遺艦隊第16戦隊に編入され、以降、マニラやシンガポール方面で陸軍部隊の輸送や物資輸送に従事します。
  • 1944年1月11日、ペナン港を出航し、警戒航行中にペナンの西方にて英潜水艦「タリー・ホウ」の雷撃を受け、沈没しました。
<キットについて>
「球磨」はウォーターラインシリーズ発売一期のキットで、当時はシャープな成型が好評だったものです。発売一期シリーズの中では、空母「準鷹」と並び一般的評価が高いキットで、当時としては考証的にも正しく、タミヤの技術力を世の中に広く示したキットでした。準同型艦の長良型がフジミより発売されていましたが、何かと比較されてフジミとしては不本意だったのではないかなぁ…と個人的には思っています。
キットパーツの“シャープな成型”は今でも十分通用しますが、モールドは発売当時としては繊細かつ詳細だったものの、現在の艦船模型に求められるレベルに照らし合わせてみるとあっさりしている感じを受けます。これは、流行の精密思考が現在では広く一般化されたためで、最近の新キット群は精密モールド本家のピットロードに続き、フジミが精密モールドキットで好評を得ており、アオシマやハセガワのウォーターラインシリーズ新キットでもその傾向が強くなっていることからも伺い知ることができ、古参キットの名キット「球磨」としては艦船模型界の急速な精密思考の流れに取り残されてしまった感じを受けます。それでも、基本形状は良いキットなので、現在でも十分活躍できるキットではあります。但し、金型の疲弊によりバリやヒケは多くなってきているのも事実です。
最近公開されている考証を考慮すると…、前後部のマスト部分が昭和 8〜10年頃を表現していることと、シェルター甲板の張り出しが無いため、キットのパーツ形状が竣工当時となっていることが大きな修正点でしょうか。キット全体では開戦頃の仕様となっていますので、これら 2点が考証ミスとなっています。シェルター甲板の張り出しは、改装工事が早かったために長良型の「阿武隈」や「名取」と同じ左舷側にあることが特徴です。その他の5,500t軽巡はすべて右舷側に張り出しがあります。
<作例について>
作業の多くは素組みですが、シェルター甲板の拡張とリノリウム押さえを再現、前後部マストを修正しています。改造、追加工作は以下のとおりです。
  • 航空機作業甲板(シェルター甲板)張り出しをプラ板にて左舷側に再現しました。
  • シェルター甲板下部の支柱をプラ棒で再現しました。
  • シェルター甲板部のリノリウム押さえ金具をプラ棒にて再現しました。
  • 前後部魚雷発射管の係止位置は艦尾方向が正しいので、修正しています。
  • 前部マストは短くなりヤードは1本に変更。プラ丸棒にて再現しました。
  • 後部マストもプラ棒にて変更。中段の探照燈数も変更し探照燈台座は位置を変更、見張り所は撤去します。
  • 艦首の波除板をプラ板で追加工作しました。
  • ボートダビットは両舷最後部を大型のものに変更。これらの取り付けは舷側にします。
  • 艦載艇は内火ランチを内火艇に変更しました。
船体や上部構造物は、我が造船所の軽巡色である呉工廠グレーで塗装しました。リノリウムはPT社の艦船カラーのリノリウム色で塗装、その他はすべてGSIクレオスのMr.カラーを使用しています。
<建造について>
建造工程については、下記のアイコンよりお入りください。 

     
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